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2012年7月 5日 (木)

四畳半フォークがキライでした。

どうも若い頃から「メジャーなものには疑いの目を」という悪いクセがある。それは、「大本営発表」に国民が躍らされて悲惨な目にあったという教訓、なんて大義名分はなくて、単にひねくれもの、なだけである。

1970年代、反戦ブーム(と言って悪ければ、フィーバー)に湧いていた頃「俺のとは違うなあ」とつぶやいていた。学生運動は一段落していたが、キャンパスでは民青(共産党の青年部)が幅をきかせていて、新入生に向かって「祖国と学問のため」をまるで聖書みたいに購読を勧誘していた。

「これは完全に宗教だな」と思っていた。ためしに民青の連中に政治に関する問いかけをしてみると、ほとんどが「聖書」に書いてあることを繰り返すだけ。メーデーのデモに参加して「今日は労働者と行動を共にして」と高揚した表情を見せる女子学生を問い詰めて泣かせたこともある。・・ひどいことをした。

同じように反戦歌や四畳半フォークもキライだった。特に四畳半フォークがキライだった。かぐや姫の「神田川」で「三畳一間の小さな下宿」という詩が特に嫌だ。当時の私は月謝の安い田舎の大学で寮暮らしだった。それでも、親にとっては精一杯以上の待遇だったと思う。

そんな私にとって東京の大学に行って「三畳一間の下宿」に住むは夢のような環境である。ましてや、下宿にカノジョを呼ぶなんてことは夢のまた夢・・・共感できるはずがない(笑)

そんなわけで、今日はユーミンデビュー40週年の日です。デビュー曲の「返事はいらない」はよく知らなかったが、「ルージュの伝言」のポスターを書店で見たのは今でもよく覚えている。

中でも一番衝撃を受けたのは「12月の雨」

雨音に気づいて 遅く起きた朝は

まだベッドの中で 半分眠りたい

す~とーをつけたら 曇ったガラス窓

手のひらでこすると ぼんやり冬景色

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キャラメル・ママの面々による全面バックアップ、吉川忠英も素晴らしいアコギで参加そして山下達郎がコーラスアレンジ、Sugar Babe や矢野顕子、吉田美奈子もコーラスで参加、だそうです。

時はいつの日にも 親切な友達

過ぎていく昨日を 物語に変える

という言葉を20歳の彼女が創りだしたのはやはりスゴイと思う。

いまでも、空で歌えるんだよねー。で、何に衝撃を受けたかというと「自分の部屋にストーブがある」ということ。自分の部屋があるだけでもお嬢さんなのに、ストーブまで、当時はまだ練炭火鉢からストーブへの移行が終わる頃である。テレビだって一家に一台。

どうせ夢の世界なら、とことん夢を見させてくれる、ユーミンは「私の音楽は四畳半フォークではないから、ジーンズははかない」と宣言したそうだ。そう四畳半フォークの名付け親はユーミンだという説があるのですよ。ここでやっとつながりました。(笑)
それと、以前にも書いたけど、ティンパナレーのサウンドと松任谷正隆のアレンジも好きだった。だから、ギターやサックスのフレーズもほとんど覚えてる。

その影響で、家ではユーミンばかりいた子供たちが初期の曲を全部知ってるという後遺症もあります。

ニューミュージックも歌謡曲の派生だと考えれば、歌唱力は別として、ユーミンは美空ひばりに匹敵する大スターであることは間違いなく、冒頭に述べた「メジャーなものには疑いの目を」とゆー精神に反するのですが・・・。

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コメント

長いコメントになりますよ(笑)
携帯からコメントを 何度か試みたのですが
どうも受け付けてくれなくて 遅くなりました

四畳半フォーク嫌いに 一言もの申す

かぐや姫 は四畳半フォークにあらず
メジャーフォークです 四畳半を売り物にした
罪は犯したかもしれませんが
小生は 南こうせつ 大嫌いです!

真の四畳半フォークとは 高田渡さんを代表とする
正味 小汚い 売れない唄うたい を指して言うと
小生なりに 解釈しております
高田渡 様は 神様です 今は本物の神様になられましたが
学生時代 渡さんに傾倒しておりました

その後 ティンパンアレイ や キャラメルママ シュガーベイブ
などが出てきて 荒井由美も デビューし なんてお洒落な音楽なんや
と 四畳半で育った身の上も忘れ よく聞いたものです

ユーミンには 涙なくしては語れない思い出があります・・・
38歳の時でした 彼女は21歳 二人でカラオケBOXに行った時
彼女が ユーミンの 「 リフレインが叫んでる 」 を唄いながら
屁をこきました 違う違う (ええ話やねん)

♪ どうして どうして 僕達は 出会ってしまったのだろう
  壊れるほど 抱きしめた・・・

と 唄いながら ボロボロ泣きだしてしまったのです・・・
それから オイラも チャゲアス の 「 男と女 」 を唄いながら
涙が止まらなくなって・・・

まあ そのあと カラオケBOXを 出て どこへ行ったかは
御想像に お任せしますがね!


TAKAさん、南こうせつ嫌いな人は多いですね。
タクローもラジオでいまだにボロカスに言ってます。

高田渡さんは、当時は知りませんでしたが
最近彼の世界が分かるようになりました。

「リフレインが叫んでる」で泣けるなんて
21歳にしては早熟な・・・きっとTAKAさんの
調教・・・じゃなくて教育が良かったんでしょう(笑)

もちろん、大好きな曲で。特に間奏に入る
ギターの「キュイーン」というフレーズが大好きです。

自分も正直好きではありません、何が良いのか全然分からない。
ボブディランとかに憧れてみんなフォークをやっていたのかもしれないけど
でもそもそも日本人でああいう音楽をやってかっこいい人って本当にごく一部の
人だけだったと思う、岡林信康とかね。
何というか、自己陶酔的というか自己満足な音楽で終わってしまう人が多いんですよね。
それはフォークというジャンル・形だけを模倣して岡林さんのように本当に伝えたい事や
心の底からみんなに言いたい伝えたいとかいう余程の強い気持ちがない人ほど
そういう風になってしまう。そして段々と脱社会的になっている自分に恍惚としてしまう。
そんな中でやはり都会的な情緒で爽やかな世界観を生みだしたユーミンは
一歩も二歩も抜けていたなと思います、今聴いてもかっこいいと思うのは断然ユーミンです。

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